鈴木サトシのページ

 
 岡山県瀬戸内市牛窓町在住
 ニッコールクラブ岡山支部・支部長
 開想美会・講師
 岡山写真家集団・参与
 PSJ 日本写真協会・会員
 メール s-suzuki@mx32.tiki.ne.jp

プロフィール

1936年 広島県尾道市に生まれる
1959年 著書 サマセットモームの「月と六ペンス」を読み、画家ゴーギャンの生き様に感動
      、命―コマを信条に写真道にのめり込む

1971年 フォトアート「研光社」大学院部年度賞2位 招待作家になる
1971年 フォトアート口絵招待作家
      以後1976年まで6回作品を掲載
1972年 4人展「石津良介とその中間たち展」東京・銀座ニコンサロン
1975年 「カメラ毎日」毎日新聞社の口絵に「アルバム」作品を掲載
      以後1985年まで10回掲載
1977年 7人展「カメラ毎日より抜粋・森山大道氏企画構成」CAMP・東京
1981年 5人展「西日本写真家展」東京・オリンパスギャラリー:オリンパス会報誌に掲載
      5人展「西日本写真家展」大阪・大阪第2ビル
1992年 個展「近視眼」東京・銀座ニコンサロン:日本カメラ口絵に掲載
1994年 個展「近視眼、路上観察」東京・銀座ニコンサロン:日本カメラ口絵に掲載
      個展「近視眼、路上観察」大阪・大阪ニコンサロン
1995年 個展「近視眼、パート2」東京・銀座ニコンサロン:日本カメラ口絵に掲載
1999年 「近視眼、モノ編」東京・銀座ニコンサロン:日本カメラ口絵に掲載
2001年 「近視眼、サクヒンX」東京・銀座ニコンサロン:日本カメラ口絵に掲載
2005年 写真集「生きることのはざまで」出版
            岡山県立美術館に写真集「生きることのはざまで」より抜粋20点を収蔵される
■著書に「牛窓」・山陽新聞社刊、「下電バス路線」・日本文京出版社刊、共に共著

鈴木サトシ写真集  オークシード発行
「生きることのはざまで」 ハンセン病・隔離の肖像
「朝日新聞」 20041029日より抜粋
全国の国立ハンセン病療養所で暮らす元患者のうち80人を、真正面から撮った写真集である。鈴木サトシさんは、元患者が国家賠償請求訴訟を起こしたことからハンセン病に関心を持ったと言い、「皆さんは平均77歳。元患者の実像を後世に残し、正しい啓発の一助にと思った。」と話す。全国13の国立療養所のうち8ヶ所に出かけ、元患者の居室を軒並み回ったが、撮影を了承してくれたのは4%。その多くは生まれ故郷で家族が差別され、離散状態だった。写真集には、きつい後遺症をそのまま撮ったものも多い。鈴木さんは感情移入せず、日常のありのままを淡々と切り取っている。
「山陽新聞」 2005119日より抜粋

80人の元患者が登場。目が不自由なため舌で点字の楽譜を読む男性や、断種手術で子供をもうけることができなくなった夫婦が人形をかわいがる姿などが写し出されている。岡山、静岡、香川、熊本、鹿児島の療養所を、1万コマ以上撮影した。約7年かけて完成した写真集を元患者に手渡し「よくやってくれた」とねぎらわれたときは、思わず涙がこぼれたという。元患者は高齢化が進む。鈴木さんは、「語り部がいなくなったとき、写真集が差別を繰り返してはならないというメッセージになれば。」、と願っている。

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