第8回 岡山写真研究会・岡山展
入場者数 564名 |
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この一連の写真は、毎日の散歩コースで出合った何でもない小さな風景です。日常毎日見ている、とりとめのない風景ですが、その気になって見ると、また違った風景に見えるものですね。 |
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笹沖は、私の住む町です。毎日見るともなく見、接する町です。しかし日ごとに新しく新鮮です。それが私の信条です。日常身辺が新鮮で美しくないと私は生きていると云えないのです。それが私の哲学なのです。この平凡な風景の中に私の世界観のイメージが潜んでいます。 |
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大阪の街をあてもなくぶらりぶらりと歩いた。何時間も歩いていたら一瞬見たことのない風景があった。その情景に大阪の街の空気を肌で感じながらシャッターを切った。 |
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壁はどこにでも存在し、隔て、守り、隠し、時に孤独を生み出します。身近な愛すべき壁たちはよく見ると様々な表情を持っています。黙ってそこに立ち続けるたのもしい相棒の姿を追ってみました。 |
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私は、写真始めて以来、常に日常を撮り続けています。日常は、捉えようが無いほど広大で深い世界、いくら撮っても撮り尽くすことがありません。今回は、その中で、とくに生活に密着しているテレビにカメラを向けてみました。テレビは、登場以来あっという間に、日本のほとんどすべての家庭の居間の中心に居座り、良くも悪くも、日本人の物の見方や考え方に、大変大きな影響を与え続けてきました。今なお、終日1つの局をつけっぱなしで、その情報にどっぷり浸かっている人も多くみられます。しかし、近頃、そういったテレビの発する情報が必ず正しいとは限らず、偏りがあるのではないかと考える人が増えています。これは、テレビの時代が、1つの曲がり角を迎えていることを、意味するものです。 |
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日常をありのままに切り取り、定着するという作業を続けています。今度は、どんな顔を見せてくれるのかな?と言うワクワク感を家を出る度に、楽しんでいます。私が、見つけた今年の町の表情を観て下さい。 |
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この居心地の良さは何故でしょう。きらびやかでもなければ娯楽施設もありませんが、今も昔と変わらない町並みがあります。ここの時間は、直線で過ぎて行くのではなく、天空の星々のようにゆったりと廻っているのでしょう。人々の町も、昔のいい空気の中で暮らしているようです。 |
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